職業資格を得るための高等教育                        (2009年作成)

 

 

 

 

 

●義務教育のあとに 

 小中学校の義務教育過程を修了した後、そのまま就職する子どももいますが、ほとんどは進学を選択し、普通高等学校(2~3年)、産業職業学校(2~4年)、大学へと進んで行きます。

 ■各教育コースへの進学者数(0610月1日現在)

 ◆幼稚園クラス(6歳)……6万7639人 

 ◆フォルケスコール(1年生~10年生、7歳~16歳)……61万7062人

 ◆エフタースコール(8年生~10年生、14歳~16歳)……2万5413人 

 ◆高校

   高等学校(普通科)(17歳~19歳)……7万5018人 

   高等学校(商業科・工業科)及び産業教育コース(17歳~19歳)……計16万1633人

  ◆高等教育

    短期高等教育(20歳~21歳)……1万8483人

   中期高等教育(20歳~22歳)……6万8786人 

 ◆大学

   長期高等教育:学士課程(20歳~22歳)……5万9127人

   長期高等教育:修士課程(20歳~24歳)……5万5061人

   長期高等教育:博士課程(20歳~27歳)……5057人

  ◆総計……115万3279人

  

●高等学校

 ■普通科

 高等学校は、普通科と商業科と工業科の3つのコースに分れています。日本の普通高校に当たるのが普通科で日本のような高校入学試験はなく、7年生~9年生(あるいは10年生)の間の成績と適性(普通高等学校での就学に適しているかどうか)を基準にして高校進学の可否が決められます。入学コースは数理科と文系に分かれ、就学年数は3年間です。 

 高校の3年間では必須科目、選択科目を履修しながらその都度試験を受け、合格ながら進級し、最後の年に卒業論文が受理されれば「スツデンタエクサメン」(高等学校卒業資格)が授与されます。試験は筆記試験と口頭試験があり、必須科目は筆記試験と口頭試験の両方が行なわれます。選択科目の中には口頭試験のみの試験もあります。

筆記試験は、通常1教科当たり4時間で教材すべて持ち込み可能試験です。口頭試験は短く、通常1教科当たり20分間で試験官による質問で知識が験されます。

 進級及び卒業資格となる筆記試験には、担任の先生以外に必ず他校の先生が試験官として採点に参加し、口頭試験の時は担任の先生以外に他校の先生が必ず立会います。この試験官制度をデンマークでは「センソーア」と呼んでいますが、この外部からの評価を加えて生徒の学力が判定されるので、いわゆる進学校、有名高校などといわれる「知的レベル」の学校間格差が生じないのです。つまり、どの高校を卒業しても高校卒業時の点数は客観的な「知的レベル」を表わします。

 

 すべての試験の最高点は13点で、卒業できる点数は履修科目の平均点が6点以上あることです。平均点が6点に満たない場合は、留年になります。試験で良い点数を取るのはかなり困難で、13点満点で平均点が10点を越えるのは全校生徒の5%程度、8点~7点の間が70%だといわれています。大学進学の際にも一発勝負の入学試験がなく、高校卒業時の点数(成績)の善し悪しですから、医学部など難しい学部に進学することを目標にしている高校生は良い点をとるために懸命に勉強をします。ただ日本の高校生のように夜遅くまで、塾に通ったりして大学入試に向けて勉強するのに比べたらデンマークの高校生は進学するために、何年間も深夜まで勉強することはしていないように見えます。 その理由の多くはデンマークの試験は口頭試験は別として筆記試験の場合はすべて資料や教科書の持ち込みが可能なため、暗記する必要が無く、理解させることに努めているためだと思います。

 普通科を修了して生徒は、アルバイトや未熟練工として働く場合は別ですが、正規な職業に就くには職業資格が必要ですので、商科大学や総合大学に進学します。

 

 ■普通科の教科 

 <必須科目>

 国語A、歴史A、英語最低B、古代史C、宗教最低C、体育最低C、数学最低C、物理最低C、社会最低C、美術科目(絵画、演劇、音楽)最低C、自然科学(生物、化学、自然地理の内最低2科目を履修)最低C 

  *A水準=3年間受講、B水準=2年間受講、C水準=1年間受講。たとえば、国語Aは国語の授業を3年間受け、試験に合格すると1単位に認定される。

  <選択科目> 

  上級英語、上級数学、哲学、歴史概論、生物、商法、金融論、心理学、宗教など約70科目。

 

■商業科・工業科

  普通高校の普通科を卒業すると「スツデンタエクサメン」(Stx)の資格を与えられますが、商業科では「上級商業試験」(Hhx)を、工業科では「上級工業試験」(Htx)の資格を与えられます。

  「上級商業試験」の必須科目には、国語や英語のほかに「販売」「商法」などの科目を加わります。選択科目では、「国際経済学」「企業経済学」など商業に重点をおいた教育をしています。卒業資格の取得には、筆記試験が最低10教科、口頭試験が最低10教科の試験に合格し、教育方針に添ったプロジェクトの提出が必要です。

 

 「上級工業試験」では、必須科目は英語、物理、化学のほかに「建築」「エネルギー」「製造」や「工程」などの教科が加わります。「上級工業試験」は、とくに数学や技術、自然科学分野に重点をおいた教育をしていますので、工科大学に進学する学生に適しています。卒業資格の取得には筆記試験科目最低10教科、口頭試験最低10教科の試験に合格し、教育方針に添ったプロジェクトの提出が必要です。

  

●産業教育コース

  高等学校に併設されているコースで、このコースの特徴は実習が重視されていることで、卒業後すぐに仕事に就くことができるので、特定の職業を目指す生徒が進学します。つぎの12の分野で理論学習と同時に職場での実習訓練を受けることができ、実習訓練では見習い給ではありますが、給与が出ます。

 

12の職業課程

 ・動物・植物・自然――庭師、グリーンキーパー、農業従事者、森林自然技術者など

 ・生産と開発――CNC技術者、冷却技術者、ボイラー技術者、船舶技術者など

 ・電流・制御・IT(情報技術)――電気技術者、データ及び通信教育者など

 ・自動車・飛行機そのほかの運輸機器――航空整備士、自動車整備工など 

 ・建築・土木――左官、建築技師、ガラス業者、煙突掃除者、木工・石工業者など 

 ・建物と保全管理――住宅保安業者、住宅管理業者など

 ・運輸とロジステック(物流)――倉庫や物流センター業者、郵便業者、車両整備士など

  ・商業――小売専門販売員、一般事務員、金融事務員、通商専門事務員など

  ・メディア――映画・テレビ技術者、カメラマン、看板技術者など

  ・食品・食料――製菓およびパン業者、栄養士補助員、酪農技術者、受付、ウエイターなど

  ・保健・介護及び教育――病院技術者補佐員、社会・健康介護員、歯科補助員など

  ・美容――美容師、化粧師など 

 たとえば、「庭師の教育課程」は、<1造園庭師(技師)、<2製品庭師(技師)、<3温室庭師(技師)の3つに分かれ、2年から3年半の教育期間で理論と実習を受けます。<1の造園技師の課程では植物、芝生、石、タイル、木などについて学び、公園や運動場そして個人の庭の整備や造園に当たるための仕事に就きます。 

 <2の製品技師の課程では植物、木や雑木の生産について学び、土壌の取り扱い、種まき、接木、除草、害虫対策と植物の販売について学びます。卒業後は、植物学校や園芸センター、ホームセンターなどに就職します。 

 <3の温室庭師(技師)の課程ではとくに温室栽培における気温や水の調整、肥料散布について学びます。また、各種の植物病(カビ、害虫病)に対する効果的な治療方法や温室での有機栽培農法、さらに、温室における空調機器の構造と操作についても学びます。

  このようにこの産業教育コースで学ぶ内容はとても実践的ですから、卒業してすぐに「使い物」になります。この課程を修了して卒業資格を得て庭師になります。「全国庭師組合」に登録して組合員になり造園関係の会社に就職と、全国一律で2万クローネ(約40万円)の月給が支給されます(09年現在)。

 

 ちなみに、産業教育コースの卒業資格を持つ人が、さらに就学期間が2年間の「農業学校」に入学して「農業技師」の資格を取るか、あるいは就学期間が3~5年間の大学に入学して「造園設計技師」の資格を取れば、職業資格がグレードアップし、農業技師は2万5000クローネ(約50万円)、造園設計技師は2万9000クローネ(約60万円)になります。就業年数(経験)によっても多少の賃金差はありますが、賃金の引き上げはすべて組合の指示によって全国一律で行なわれます。

  

●大学には短期・中期・長期の複数のコースがある

 高校の課程を修了した多くの学生がよりグレードの高い職業資格の得るために大学に進学していきます。 

 高等教育機関には教育期間によって、短期高等教育機関・中期高等教育機関(2~4年)・長期高等教育機関(3~6年半)がありますが、年齢制限はなく、入学試験、入学金、授業料もありません。その代わりに「スツデンタエクサメン」(高等学校卒業資格)の成績によって進学できる大学が決まってきます。たとえば、平均点が10点を越える学生は、最高水準のコペンハーゲン大学やオーフス大学などを始め、どの大学のどの学部にも入学できます。

 

 「スツデンタエクサメン」を持っていれば、入学試験なしでいつでも入学できますから、高校を卒業をしてしばらく働いてから、自分の専門を深める方向を定めてから大学に入ったり、なかには世の中を見ようと1、2年各地を放浪して(これは「サバドー」という伝統です。『なぜ、デンマーク人は幸福な国を作ることに成功したのか』参照)から大学に入るなどの自由さがあります。また、途中で大学をドロップアウトしても、いつでも再入学ができるシステムになっています。

 

 ただし、大学入学の際には「統制入学制度」によって入学審査が行なわれます。この制度は77年に導入されたものですが、大学間で入学希望者を調整して、定員に満たない大学をできるだけなくす目的で導入されました。たとえば、入学希望者が多いコペンハーゲン大学政治経済学部への入学希望者が定員を越えた場合は、この制度によって他の大学の政治経済学部との調整が行なわれます。

 

 この制度をごく簡単に説明すると、各学部の定員数に対して、高校卒業資格の点数で振り分けていく「割り当て制」(クオート)が基本になっています。割り当てはクオート1と2に分かれ、クオート1は、さらに1aと1bに分かれています。

 

 クオート1は、「スツデンタエクサメン」や「上級商業試験」「上級工業試験」などの高校卒業資格の平均点数、科目の点数がより高い順に入学者を振り当てていきます。

 

 クオート2は、高校卒業資格の成績以外の要素を審査の対象にしています。日本でいう「社会人入学枠」のような制度で、たとえば、高校卒業後、製薬会社に勤めていたなど職歴によって、入学の可否を審査します。ただし、クオート2は定員枠の1割程度なので、希望しても入れないことがあり、希望が叶わなかった場合、他の大学の同じ学部で空いている枠があれば紹介していきます。

 

 繰り返しになりますが、一発勝負の大学入学試験ではないので、いわゆる高校の勉強が受験勉強で費やされることがなく、高校の3年間しっかり勉強すれば、それに応じた大学入学資格が獲得できるのです。もし何らかの事情で高校卒業資格が得られなかった人は、働きながら「HF講座」や「成人教育センター」で再教育を受けて、大学入学資格を手にする道があります。

 

●HF講座と成人教育センター

  「HF講座」や「成人教育センター」(VUC)は、高校中退者や希望の大学に入学できなかった人たちのための再教育の機関です。「HF講座」は日本の「大検」(大学入学資格検定)と同じような制度で、これを受講して修了資格を取ると大学入学資格になります。つまり、高校卒業資格を再取得するための講座で、入学資格は中学校卒業者で就学期間は2年間です。年齢制限はありませんが、就学者の80%は1825歳の人たちです。就学者には「就学支援金」(SU)が出ます。

 

 「成人教育センター」は資格習得を目的とした18歳以上の人たちのための教育機関です。ここで習得できるのは、高等教育を受けるための資格(科目)や、仕事に就くために教育に必要とされる資格科目です。たとえば、高等学校の卒業資格は持っているものの、進学するために必要な科目の成績が悪く、希望する学部や学校に入学できない場合に科目を補うために、勉強をしなおすことができるのです。具体的には、医学部に入るためには、上級化学や上級物理の単位が必要ですが、その単位を持って入ない人はこの成人教育センターで、上級化学や物理の単位を取ることで、医学部への進学の道が開けるということです。また、「成人教育センター」の就学者も「就学支援金」が受けられます。

  

●おわりに 

 このように高等教育への再チャレンジのコースが用意されているのが、デンマークらしいと感心してしまいます。 

 デンマークでは、日本のように出身大学によって入社の採用・不採用を決めたり、学歴によって評価されたりというようなことはありません。たとえば、コペンハーゲン大学もオーフス大学も政治経済学部の卒業資格を持っている点では、社会的評価は同じなのです。 

 そして、日本の現状を考えた時、食料もエネルギーも国外に依存していると言える日本ですが、今後、国際社会の中で交渉力を強化していく必要があると思いますし、そのような力は、一人ひとりの子どもたちへの自由で創造的な教育にこそ拠るものだと考えられます。しかし日本においては、21世紀に入ってもなお、子どもたちを巻き込んで有名校争いをして、国内で力の削ぎ合いをさせているとしか言えない現状の教育政策は、とても望ましいものとは思えてなりません。遠くデンマークから見えることの一つです。