世界最大の風車を立てた住民団体 他(20240505)

1.世界最大の風車を建てた住民団体について

今年(2024年)の4月末デンマークのユトランド西北部の強風地帯に所在する人口約2万人のLemvig 町に世界で最も高い風車が設置されました。設置された風車はVestas社の15 MW(15,000kW)でタワーの高さ148メートル、ローター直径236メートル、受風面積43,000m2です。この風車の年間見込み発電量は8千万kWh,(ヨーロッパの標準的世帯数2万世帯分)と試算しています。風車の羽根突端までの高さは266メートルあり、今日において世界で最も高い風車と報じられました。デンマークでは陸上に設置する風車は住民の参加が義務付けられ、この風車に関してはLemvig 町に住む住民約2,800人が投資したと報じられました。住民による風車の共同所有をデンマーク語ではVindmøllelaugと呼び、英訳ではWindmil guild と訳されています。風力発電のギルド(同業者組合)と理解したら良いと思います。15 MW の風車に投資した住民の団体名はThyborøn-Sydhavns Møllelaug II I/S  と呼んでいます(I/Sは =interessentskab の略称で英訳はPartnership と訳されている)。

この風車は60kVの送電線につなぐことになっています。

デンマークの送電線の整備と管理は国営で、2005年に各電力会社を統合

して創立したEnerginet と呼ぶ国営企業です。

このチラシは発起人が作った投資への呼びかけです。

タイトルは世界最大の風力発電機V236‐15 MW 1基への投資案内で一口当たり2,600クローネと書き、興味のある人は2023年12月15日までに申し込みくださいと書いています。また別の資料によりますと建設費を含めた投資総額は約1億7千万クローネ(約37.4億円)と書いていました。風車の投資における単価計算は年間の見込み発電量を1000kWhで割り、それで出た数値をもって設備投資額を割りその数値が投資単価としています。

この風車では見込み発電量は約8千万kWhですが、投資計算では7千49万kWhとし、見込み発電量の約88%に押さえています。発電量を少なめに抑えることで投資への利回りを厳しくしたのかもしれません。

投資額への計算:

見込み発電量7049万kWh÷1000kWh =70,490口

一口当たり単価:1億7千万kr÷70,490口=2,411.6kr. 但し実際の売値は2,600kr。としている。一人当たりの平均の投資口数を試算しますと70,490 ÷2,800人=約25.2口となり、よって一人平均約65,000kr。(約143万円)の投資額となっています。約70,490口で一口当たりの単価は約2,411クローネ(約53,000円)となっています。

 

デンマークの風力発電からの売電価格は、固定価格での契約と市場価格での契約に分かれています。国からの売電への助成金はありません。市場価格はデンマークの西側と東側では多少の違いがありますが、2024年の月平均で見ますと0.3~05クローネ(約6.6~11円)になっています。ということは年間の見込み売電額は2~4千万クローネ(約4~8億円)ということです。つまり人口約2万人の町に毎年日本円で億単位のお金が払い込まれ、その中から保険料、サービス・メンテナンス費用などに一部が充てられますが売電収入の約8割が投資者に配当額として支払われということです。それが一方で所得税を生み、国と市の財政を潤す結果となり、また国における二酸化炭素の削減量に繋ぐ(年間約38,000トンのCO2 削減を見込む)ことになります。デンマークの地方行政が豊かな理由の一つに風力発電や太陽光発電による税収があります。例えばLemvig 町の2024年における税収は約11億クローネ(約242億円)でこれに国からの地方交付税約3億クローネ(約66億円)を加えた額が町の歳入額になっています。一方筆者が生まれ育った一関市の人口は約10 万人、歳入予算額が約680億円ですが、自主財源となる市税は約120億円となっています。この違いは何か、理由は沢山あります。その一つとして考えられるのが熱電供給の違いがあげられと思います。「地元の資源は地元で利用する」というデンマークの施策が税収を増やす結果になっていると思っています。デンマークの地方都市は自然エネルギーの供給地になっており風力発電、太陽光発電、バイオガスプラント***が至る所に建ち、地方財政を支え地方の活性化に繋げています。

 

***Lemvig町には数多くの風車以外に年間5百万m3(または50,000MWh)のバイオガスを生産するバイオガスプラントがあり、地域暖房の熱源として売却している。因みにデンマークには現在190か所にバイオガスプラントが在り殆ど地方の市町村内に所在している。

 

2.VestasV236‐1.50MW風車の認可について

デンマークの風力発電機は市場に出す前に型式認可を受けることになっています。風車の認可制度の導入について加筆します。1978年4月当時の商業省は、風力発電の開発に補助金を出すことを決め、原子力発電Risø研究所の中に「小型風力発電機試験場」を開設しました。商業省は向こう3年間で風力発電を産業として育てる上げることを目標にしました。それと並行し住宅省は風力発電の投資に30パーセントの補助金を出すことを決めました。この補助金制度は1989年に廃止されましたが、この間風車の投資に対し30~15パーセントの補助金が出ました。風力発電が政府の補助事業になったため、補助事業の運用にあたり風車をチェックする「システム管理制度」を導入しました。この制度が後に「型式認可制度」に代わり、風力発電機の設計から製造、搬出、設置、サービス・メンテナンスに至る一連の管理をカバーする認可制度になりました。たとえば、風力発電機の構造と強度に関する認可では、エアーブレーキの性能検査、基礎とタワーの強度計算の検査、単線結線図を含めた風力発電機の設計図の検査などとなっています。この「型式認可制度」の導入によって、デンマークの風力発電産業を高い技術水準を持つ産業に育てる役目と投資者に対し採算の採れる対象としての役割を果たすことになりました。今日においてもデンマークにはデンマーク製の風車しか建っていないのは他の国のメーカーはこの認可を受けていないためためだと思っています。

 

本題に話を戻します。Vestas社はV236 ‐15.0MWの風車の認証を得るため、2022年12月大型風力発電テストセンターØsterild*にプロットタイプ一号機を設置しました。それから約1年間デンマークの工科大学(DTU)が実証試験に携わり、今年(2024年) の2月DNV**の型式認可証を取得しました。風車の認可が得られたことで、商業用風車として市場に納めることが出来ることになり、この認証を取得したばかりの風車をLemvig 住民が同市の港に設置することにしました。なお、V236 ‐15.0MWの発電量に関し、今年(2024年) の年始に24時間の発電量363MWh(363,000kWh)を記録したと報じています。

 

*Østerildのテストセンターについては「風のがっこう便り2020年項目③デンマークの風力発電産業について」を参照してください。

** DNV: Det Norske Veritas社は 1864年創業したノールウェーのオスロに本社を置く従業員約2万人の海保協会で、デンマークの風力発電の認証に長い間携わっている。筆者が関与したデンマーク風車一号機(1993年2月石川県松任市の海浜公園に設置した100kW)でも数多くの書類の中に認可証を添付した記憶があります。 

 

Vestas社がV236 ‐15.0MWの開発を発表したのが2021年2月ですが、それ以来世界中から発注を受け同社の同種の受注量は10GW(1千万kW)に達していると報じられています。この中にはドイツ、ポーランド、オランダに向け2025年から納品する予定になっており、この他にニューヨークのEmpire Wind 1用に 810MW, Empire Wind2用として1.2GWが検討されていると報じられています。このように世界各国が導入を予定している風車ですが、その第一号機がLemvig町に設置されたため、その稼働状況に大きな期待と注目を集めています。デンマーク政府及び業界はロシアの侵攻によって国の破壊が進むウクライナに対し、救援活動を続けていますが、その一環として50万世帯の電力消費にあたる「緑と安全な電力供給源」として風力発電所の投資を決めました。風力発電は何故安全か、風力発電は自然界に孤立して建ち、発電燃料は風の運動エネルギーなので、攻撃を受け破壊されても被害が少い発電設備であるためです。デンマークの風力発電導入が進むなか、他国においても風力発電の導入が進んでいます。その結果2023年における世界の風力発電機メーカーが受けた受注量は2022年に比べ16GW多い155GW(1億55百万kW)と報じられ、受注量の多い順では中国のEnvision 22MW, デンマークのVestas 19GW, 中国のGoldwin 18MWと報じられています。EU諸国における2023年の風車導入量は2022年より少し多い17GWで、内訳は陸内14GW、洋上3GWで、導入国ではドイツが多く、次いでオランダ、スウエーデンと報じられています。また2023年ヨーロッパにおける総発電量にしめる、風力による発電量は約19パーセント、水力発電13パーセント、太陽光発電8パーセント、そしてバイオマス発電3パーセントと報じられました。

 

3.デンマークの自然エネルギー導入策について

2023年デンマークにおける風力発電と太陽光発電の電力供給に占める割合は63パーセントに達したと報じられました。また、実質エネルギー消費量に占める再生可能エネルギーの占める割合いは前年比約1.6パーセント増の約44パーセントに達しました。この中で特に増えたのは太陽光発電と風力発電で、これにより石炭と天然ガスの消費が減り、その結果2023年におけるエネルギー消費に占める実質二酸化炭素の排出量は2022年に比べ4.8パーセント減ったと報じています。既に触れましたが、デンマークでは2005年から送電網の整備は国営(Energinet*)とし、地方自治体が都市計画の中で認可した発電設備に関する系統連系の責務はEnerginet社が整備することになっています。今回人口わずか2万人の町に世界最大の風車が繋げることに(系統連系)なったのも60kVの送電線が整備されていたことで可能になったのです。デンマークの系統連系について以前のHP**でも報告し、「日本の科学者」***にも寄稿していますが、今年(2024年)4月18日、デンマークとイギリス間における海底ケーブル「Viking Link」の工事が完了し、両国間において同時に開通式が行われました。

 

「Viking Link」は世界最大の電力供給用の海底ケーブルで全長765㎞(内陸内135㎞)、送電用量は140万kWです。デンマークのEnerginetと イギリスのNational Gridsが130億クローネ(約2,860億円)かけて完成させた電力網です。今年の1月~3月の試運転中における送電量の8割は西側(イギリス側)に流れ、それによる売電収入は2千万ユーロになり両国間で均等にしました。Energinetはデンマークの系統網の整備に充てると報じています。この背景には2030年におけるデンマークの電力供給の70パーセントは風力発電で賄うという目標を立て風車の大型化が進んでいるため、送電量を増やす必要があるためだと思っています。

 

   * Energinet は2005年創立した電力網運営会社で年間の売上高80~90億クローネ、従業員数   

         約2,000人の国営100パーセント事業団体

  ** 20210210「デンマークのエネルギー島構想について」

  *** 2020年3月号「日本の科学者」44ページ。

 

デンマーク及び欧州における再生可能エネルギー導入策の進行に比べ、日本における再生可能エネルギーの普及が進まない*一つはお金が掛かる系統網の整備を電力会社に任せていることもその理由になっていると思っています。電力会社に送電線の整備を任せることをせず、国策として送電線の補強と整備を国が実施し都道府県や各市町村に国土資源の活用を促すことは出来ないだろうか。

 

*2022年の発電構成:火力発電約70%、太陽光9.2%、水力7.6%、原子力5.6%、バイオマス3.7%、風力0.9%、地熱0.3%。(出典:ネット情報)

 

例えば北海道の自然エネルギーの活用(北海道の面積はデンマークの約2倍)に向け、国が系統連系の整備と補強を通し、風力、バイオマス発電などを増やし北海道で消費しきれない電力量を東北地方から関東方面に流すための電力網の整備を仮にこれから50年や100年かかろうと進めることは出来ないだろうか。北海道の強風地帯の一つ、襟裳岬における風速について見ますと1991年から2020年の年間平均風速は秒速(sec.)8.1メートルと記録されており、特に冬場の風速は10m/sec.あり、夏場の6月から8月でも平均風速は約6.6m/sec. と記録されています。襟裳岬の風力エネルギー資源はデンマークの強風地帯の年間平均風速6.0 m/sec.に比べ多いことが解ります。襟裳岬には数基の風車が建っているようですが、その発電データを基にウインドファームを建設するための送電線の整備を進めることを検討することは出来ないのだろうか。(但し筆者は襟裳岬を視察していないので、この記述は間違っているかもしれません)。

 

近年日本では洋上ウインドファームへの投資が多く語られていますが、高額な投資となる洋上ウインドファームの建設を始める前に陸内への風力発電の投資を進めることではないでしょうか。デンマークが洋上風車に力を入れているのは陸内に大型のウインドファームを建てる場所が減ってきているためです(デンマークは九州と山口県を合わせた陸内に現在約4,200基の風車が建っている)。

筆者がデンマークに住み始め57年過ぎましたが、今日のおけるデンマークの電力供給策としての、風力、バイオガス、バイオマス発電そして太陽光発電は全てオイルショック後に導入された施策です。結果として国外からのエネルギー資源に依存することなく、地方に住む人たちは経済的に豊になりました。

 

2024年5月5日

デンマーク、ウアンホイにて

 

ケンジ ステファン スズキ